熱中症対策義務化について
熱中症対策義務化について
はじめに
地球温暖化の影響により、日本の夏は年々過酷さを増しています。
特に近年では、気温が35度を超える「猛暑日」が全国各地で観測されており、熱中症による健康被害が深刻化しています。特に高齢者や屋外で働く人々は、命に関わる危険に晒されています。こうした状況を受け、2025年6月1日から、企業や農業法人などに対して熱中症対策が義務化されることになりました。
そこで本日は、この義務化の背景、具体的な内容、期待される効果、そして課題や今後の展望等について詳しくお話していきたいと思います。
熱中症とは
熱中症とは、暑さによって体温調節が上手くいかなくなってしまい、体内に熱がこもってしまうことで発症します。軽度の場合はめまいや頭痛、吐き気などの症状が現れますが、重症化すると意識障害や多臓器不全を引き起こしてしまい、最悪の場合、死亡に至るケースもあります。特に高齢者や乳幼児、基礎疾患を持つ方々、屋外で働く労働者はリスクが高いとされています。
熱中症の深刻化と社会的影響
環境省や総務省消防庁の統計によると、2020年代に入ってから熱中症による救急搬送者数は毎年5万人以上に上り、特に高齢者の発症が目立っています。
例えば、2023年の夏には、全国で約1万人が熱中症で搬送され、そのうち高齢者が約6割を占めていました。さらに、労働災害としての熱中症も近年増加傾向にあり、特に建設業、農業、運輸業などでは深刻な問題となっています。これにより、医療費の増加、生産性の低下、人命損失など、社会的・経済的損失も顕著になってきました。このような背景から、熱中症対策の強化が急務であると言えます。
熱中症対策義務化の動向について
【政府の取り組み】
政府は2023年、「熱中症対策基本法(仮称)」の制定に向けた議論を開始し、2024年には一部法令の改正を行いました。これにより、2025年6月1日から施行される改正労働安全衛生法では、特定の業種・業態においては以下のような熱中対策が義務付けられました。
◇WBGT(暑さ指数)の測定と公表の義務
WBGT値の測定と管理:作業現場でWBGT値を測定し、下記に記す基準に該当する場合は作業の中止や休憩の導入を検討する。
・WBGT(暑さ指数)28度以上または気温31度以上の環境下
・継続して1時間以上、または1日あたり4時間超の実施が見込まれる作業
◇適切な休憩場所・定期的な休憩時間の確保
風通しの良い日陰や冷房の効いた休憩所を設置し、作業者が体を冷やせる環境を整える。また、定期的な休憩時間(目安は、WBGTが基準値程度〜1℃程度超過しているときには1時間当たり15分以上の休憩、2℃程度超過している時には30分以上の休憩、3℃程度超過している時には45分以上の休憩、それ以上超過している時には作業を中止する。
◇作業服の見直しや空調設備の設置
熱を吸収・保熱しやすい服装は避け、透湿性および通気性の良い服装を準備することが好まれます。直射日光下における作業が予定されている場合には、通気性の良い帽子やヘルメットなどを準備するなどしましょう。
◇水分・塩分補給の指導
喉の渇きを自覚しているか否かにかかわらず、水分と塩分を作業前後に摂取し、さらに作業中も定期的に摂取することが求められます。
◇熱中症発生時の初期対応マニュアルの策定
・報告体制の整備
従業員が熱中症の初期症状を訴えた際、迅速に社内で共有・報告できる体制を整備することが求められます。具体的には、作業中の異常をすぐに伝えられる連絡体制(例:専用の連絡アプリや当番制度)や、報告を受けた管理者が対応できるマニュアルの整備が必要です 。
・実施手順の作成
熱中症のおそれがある労働者を把握した場合に迅速かつ的確な判断が可能となるよう、作業離脱、身体冷却、医療機関への搬送等、熱中症による重篤化を防止するために必要な措置の実施手順を事業場ごとにあらかじめ作成する必要があります 。
・関係者への周知
上記の報告体制や実施手順に関しては、あらかじめ関係者に周知し、万が一の際に機能するようにしておかなければなりません。「関係者」には、労働者だけでなく、労働者以外の熱中症のおそれのある作業に従事する者も幅広く含まれます 。
他にも、政府の取り組みとして、2025年には学校や介護施設における熱中症対策が義務化され、空調設備の設置補助金制度が拡充されました。
地方自治体の対応
一部の自治体では、国の方針に先んじて独自の熱中症対策条例を制定しています。
例えば、東京都では屋外イベント主催者に対して暑さ対策計画の提出を義務付けており、違反した事業者には罰則が科される可能性があります。具体的には、労働基準監督署による指導や改善命令が出され、改善が見られない場合には6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金などの行政処分が適用されることもあります。
また、熱中症による労働災害が発生した場合、安全配慮義務違反として企業の責任が問われてしまいます。
民間企業・教育機関の対応
【企業】
労働安全衛生法の改正により、企業には熱中症リスクアセスメントの実施が義務づけられました。とりわけ屋外作業を含む現場では、作業員の健康管理体制が厳格化されています。これにより、企業の対応にはばらつきがあるものの、全体的に「安全配慮義務」が強調されるようになりました。
【教育機関】
学校では体育授業や部活動時の熱中症事故が相次いでいたことから、文部科学省は「暑さ指数28以上では原則として屋外活動を中止する」というガイドラインを全国の学校に対し通知しました。さらに、多くの学校では、保健室に冷却装置を導入し、教職員に対する熱中症対応研修を義務づけています。
熱中症対策義務化の効果
義務化の導入によって、一定の成果が見られるようになりました。
例えば、建設業における熱中症による死亡事故は、2022年の27件から2024年には16件へと減少しました。教育機関でも、部活動中の救急搬送事例が減少傾向にあります。一方で、高齢者の家庭内での発症は依然として多く、家庭内対策の強化が必要と言えます。
課題と問題点
【費用負担】
空調設備の導入や維持管理、冷却装備の購入、職員研修などには多額の費用が必要であり、中小企業や財政が厳しい自治体にとっては大きな負担になってしまいます。
【意識の地域格差】
都市部では比較的対策が進んではいますが、地方では情報や支援が行き届かず、対策が不十分なケースも多く見受けられます。特に高齢者の一人暮らし世帯では、暑さに対する意識が低く、冷房使用を控える傾向が見られます。
今後の展望
今後は以下のような対策や展開が期待されます。
・家庭向けの支援策強化:エアコン購入補助や電気料金支援など。
・IoTやAIを活用した個別リスク管理:ウェアラブル端末で体調管理を行うシステムの普及。
・高温時の「気象災害」指定制度:猛暑を災害として位置づけ、特別休暇や自宅待機を制度化。
・グローバル基準への適合:国際労働機関(ILO)によるガイドラインとの整合性を図り、日本の労働環境を国際基準に合わせる動き。
最後に
熱中症は自然災害の一種であり、そのリスクは今後も高まる一方です。
こうした状況に対応するために、熱中症対策の義務化は極めて重要な政策であると言えます。しかし、制度化だけではなく、私たちひとりひとりの意識改革も大切です。
熱中症対策は、命を守るための基本です。あなたの家庭や職場でもできることから始めてみてはいかがでしょうか。